黒ウサギのつぶやき

日常生活の中でふと思いついたことなどを中心に、できるだけ新鮮なうちに書き込んでいきます。 とはいえ、結構怠け者なので、かなーり間が開くかもです。

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【クチは】よしもとばなな×居酒屋②【ツグマない】

ということで昨日の続きなのだが、よしもとばななの公式ページがあったので、ちょっとのぞいてみた。

日記があったので、人となりが見れるかな?と思ったのがそもそものきっかけだったんだけど、
読まなきゃよかったと激しく後悔。

■日記
http://www.yoshimotobanana.com/cgi-bin/diary/diary.cgi?page=5&yy=2001&mm=11

つい最近も運送業者をバカにするかのような内容の日記があったし、過去にさかのぼると2001年に刺青しているために入浴を断られたスーパー銭湯に逆切れして散々罵り呪った挙句、「早く潰れないかな」などと言い出す始末。

8年も前(34歳)からこんな人間だったのね。

絆創膏貼ればいいというその神経がもうおかしいんだよ。

刺青を入れるリスクを負っているにもかかわらず、「今まで大丈夫だったもん!」「○○では絆創膏貼ればOKだったもん!」と逆切れするような奴だから、入浴を断られたの。

刺青を入れたりしない一般人からすれば、そういう逆切れを平然とかます刺青女は絆創膏を張っていてもお断りです。
絆創膏張ったから真人間になるわけじゃないでしょ?

刺青ったって『バナナ』と『オバQ』だし。アホか。せめて酒井紀子をみならえ。

この日記は痛い女の毒電波日記のようです。書くならオフラインの日記に書いてほしいものだ。

どうも社会への適合性が不足したまま今に至っているようですね。この方。
作家なら仕方ないと片付ける周りの人間も悪いのだが、正直言って礼節面では最低だと思うよ。
こんな人間がこれから話すエッセイで「人を見てうんたらかんたら」なんて言っているんですからあきれてしまう。

態度の悪い人間にはそれ相応の反応しか返ってこない。

このことを、もう少し早く理解しておければ・・・。


・・・早く日本から出て行ってくれないかなぁ。
この人の気質は、むしろ海外が似合っていると思うよ。

小説書いてなけれればただの電波・・・か。

ま、日記の方はまた今度まとめるとして、まずはエッセイの方から。
ちょっと長いので、覚悟の上で読んでほしい。文章構成スキル低くてすまぬ。



■ばなな女史ご一行と店長の主張、どちらが是なのか?

前回の予告とちょっと異なるけれど、『店長の人を見る目』を考えるための前提として、双方の主張がぶつかり合うところまでをちょっと取り上げようと思う。

なお、エッセイ本文は長いので今回からは書かない。
この話題の第1回目のエントリか、以下の参照下を見てくだされ。

■よしもとばななさんの「ある居酒屋での不快なできごと」(はてなブックマーク)
http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20090808


では本題に入ろう。

まずは発端となる、『ばなな女史の友人が「お土産のデザートワイン飲もうZE☆」と言い出した直後のご一行の行動』から。

『お店の人にこっそりとグラスをわけてくれる? と相談したら、気のいいバイトの女の子がビールグラスを余分に出してくれた。』

『コルク用の栓抜きはないということだったので、近所にある閉店後の友だちの店から借りてきた。』

『あまりおおっぴらに飲んではいけないから、こそこそと開けて小さく乾杯をして、一本のワインを七人でちょっとずつ味見していたわけだ。』


一つの文章を三分割したが、あまり深い意味はない。読みやすいかなと思って。
この話、だらだら長くて読むのつらいからさ。・・・黒ウサギがw

店員の女の子が店長に怒られ、ばなな女史ご一行が店長に説教されるまでの間に女史らがとった行動の記述だ。
エッセイだからなのか意図的になのか、ミスリードを誘いやすい書き方が一部含まれているが、まぁ、こういうことをしていましたよ、と。

ちょっと気になったのが『お店の人にこっそりとグラスをわけてくれる? と相談したら』の件。
これ、ちゃんと「持ち込んだワインを飲みたいので」と頭につけたんだろうか?

飲食店ではままあることだが、「頼んだ飲み物を分けたいけど、同じグラスじゃアレだからともうひとつくださいな」と注文することがある。
それだけに店員も「ああ、飲み物分けるのね」ぐらいに考えていた可能性も、この文章では否定できない。

『ビールグラスを余分に出してくれた』という記述からだと、どちらとも取れるんだけどね。
ワイングラスであれば説明している可能性が高いんだけど・・・。ビールグラスって、要は一番特徴のないコップだから。

『コルク用の栓抜きは~友だちの店から借りてきた』
この行動もちょっと首をひねる。ちょっと常識はずれだよね。誰の友達で、誰が借りに言ったかはわからないけれど。

栓抜きがないのであればそこであきらめるか、またはその友達の店とやらに河岸を変えればいいだけの話じゃないのか?友達なら店あけるなり場所かすなりしてくれんじゃね?なぜこの店にそこまでこだわるのだろうか?

『あまりおおっぴらに飲んではいけないから、こそこそと開けて小さく乾杯をして~』
なるほど。自分たちのしていることが、世間一般では眉をひそめられる行為であるということは一応理解していたようだ。

であれば栓抜きがないという時点であきらめるか、近くの友達の店に行くのが、『大人』な行為だと思うが・・・。先ほども書いたが、どうしてもここで飲みたかったのはなぜ?

確かに店を変えるとそれまでのテンションがリセットされることがあるので、この店で飲みたかったという理屈はわかる。
そこはわかるのだけれども、この後展開されることを読みすすめると、同意できた部分がきれいに消し飛んでしまうから不思議だ。

まさかあえて煽っているわけじゃないよね?



で、ここで今回のエッセイのキーとなる『店長』が登場する。

ばなな女史らの行動に気がついたのか、それともバイトの女の子からの報告を受けたのか、彼女らにグラスを渡し、持ち込んだワインを飲むことを許したことについて、バイトの女の子をしかる店長の姿が描かれる。

『厨房でバイトの女の子が激しく叱られているのが聞こえてきた。』

まぁ、これもチェーン店なら普通というわけではないが、飲み屋系なら普通にある話。
「従業員が粗相をしたら、その場でしかる。客に迷惑をかけているのなら、従業員をしかる前に客に詫びを入れる」
これは鉄則だろう。

具体的にどうしかられているのかという描写がないため、本当に「激しく」しかられているのかも微妙だが。

糸井重里経営の喫茶店で「バイト」した程度の社会経験。
その後小説化デビューをしてとんとん拍子に有名になった彼女の言う「激しくしかられている」という描写は、仕事がらみで辛酸をなめることもある私の認識する「激しく」と、どのぐらい合致しているのだろうか、と。

そして店長が登場する。その描写はこうだ。

『突然店長というどう考えても年下の若者が出てきて、私たちに説教しはじめた。こういうことをしてもらったら困る、ここはお店である、などなど。』

ばなな女史は今年45歳。エッセイ集が刊行された2006年なら42歳か。

『どう考えても年下』がばなな女史と比較してという意味として進めるが、この表記は完全に蛇足であり、場合によっては反感を覚えることもあるだろう。

42歳から見た年下なら20代後半~30代中ごろか。大規模チェーンの居酒屋であれば普通にあるレベルだろう。
長期のバイトから社員に登用。そして店のあれこれを知り尽くしているということでマネージメントをまかされる。
実に正当なステップだ。私も三十代前半であるが、先日までひとつのプロジェクトをまかされていたし、近く新規に立ち上がるプロジェクトのリーダーを務めもする。

日々是勉強などというが、結局吸収性の高い三十代までにいろいろ学んでおかないと、四十代からはむしろ後進に伝えるなど放出する側に回りがちなので、自らのスキルアップが困難になるのだ。

これは黒ウサギが今まで接してきた様々な方から同じように聞いている話だ。

また、店長の言葉が『説教』に当たるかもはなはだ疑問だ。

『こういうことをしてもらったら困る、ここはお店である、などなど。』

どういう言い方だったのかの記述すらないので、この店長がどういう資質の持ち主であったかの判断ができず、あたかも態度の悪い人間とミスリードさせようとしているところも鼻につくが、およそこんな言い方だったのではないか?

「持ち込みのワインを飲まれているようですが、ここは食べ物飲み物を提供する場なんです。こういうことをされると困るんですよ」

丁寧すぎず、かつ暴言でもないレベルならこんなものか。

別段『説教』ではないでしょ、これ。『苦言』『忠告』『注意』そんなレベルじゃないか?
『などなど。』のところがどうであったかによっても違いは出ると思うが、ここで書かないということは、上の言い方を『説教』と認識し、強く印象に残ったと考えるべきだろう。

エッセイという形式である以上、読者に何かを伝えたいとしているわけだから、そこでどうでもいいエピソードを含めるはずがない。
物書きとしてお金をもらっているプロならなおさらだ。

親から『注意』されて謝った後、こっそり影で「『説教』してんじゃねーよ」と愚痴る。そんな子供みたいな反応にも思えますが考えすぎですかそうですか。

別の角度から考えると、この『説教』は『どう見ても年下の』にかかっている、様にも読める。

四十、五十代でリストラされ、バイトをせざるを得ずに、二周り以上も年下の人間に囲まれて働き、物覚えが悪いために「お荷物」扱いされた人たちがよく漏らす言葉。
「俺はできるやつなのに、何で『年下の言うことを聞かなきゃならねぇんだ』」

黒ウサギも正しくないプライドを持っている部分があるので、確かに人生経験が浅い、能力的にも劣っていることが明白な年下から注意を受けたり、こちらの言うことを無視されたりすると、うっかり殴り飛ばしそうになるほど癇に障ることがある(いや、やらないよ?養わないといけない家族がいるし)。

だが、『年下』であるということと、『無能』であることはイコールではない。このことは忘れてはいけない。

それがまかり通るなら、よしもとばななは黒ウサギの父よりも無能ということになるわけだ。親父サイコー!

『あまりおおっぴらに飲んではいけないから~』などと自らこの場でやってはいけないことであろうと認識しているにもかかわらず、それを注意されると『説教』と表現する。

たいした居直りである。ずいぶん『有能』な42歳のようですね。
なんと言うか・・・姑息だ。やり方が。

おそらくこの件は『若造が私に注意しやがった!』とカチンときたのだろうなと想像するが、やはり店長がどのような人間なのかの描写が足りないので、単なる『上から目線で語るいやな年寄り』以上の印象をもてない。

エッセイストとしては限りなく『無能』だなと。黒ウサギより一回り以上も年上なのにねぇ。
(とはいえ、これに共感している人間がいることも事実。読み手の年齢や立ち位置によってもこの辺は変わるのだろうね)



さて、ここでばなな女史が反撃に出る。自らが認識している『この場にふさわしくない行為』を正当化し、許可を得るための発言だ。

『私たちはいちおう事情を言った。この人は、こういうわけでもう日本にいなくなるのです。その本人がおみやげとして海外から持ってきた特別なお酒なんです。どうしてもだめでしょうか? いくらかお金もお支払いしますから……。』

果たしてこの文言どおりに言ったかも疑問だが(授賞式などかしこまった場で話す場面を見たことがあるが、その際の印象から少なくともプライベートでこういう言い回しで訴える人には思えなかったため、疑問を提示しておく)、これは単純に言い訳レベルのものであって、店にとってはどうでもいいノイズ情報の羅列だ。

・その場にいる人間の一人が日本を離れる。いなくなる。
・これはその本人が「おみやげ」として海外から持ってきた特別な酒だ(誰へのお土産?どのぐらい特別なんだ?)
・金は払うから飲ませてほしい。


特に三つ目。「金は払う」というところに反発する人が多かったようだ。黒ウサギもこれはカチンと来た。
少し言いすぎかもしれないが、これは「万引きを咎められて、「お金は払いますから見逃してください」といっているのと変わらない状況」ではないだろうか?

後述するが、このエッセイの後半では「人情」に触れている。
だが真っ先にエッセイの著者本人が金で解決しようとしている。
(直前までは人情で通そうとしているけど、この言葉を出した時点で台無しだ)

彼女がエッセイの最後で語る「いいときの日本」というのは「金で解決できたころの日本」ということなのだろうか?
さすがバブル真っ盛り世代だ。そりゃ就職氷河期世代と思われる店長とはそりが合わないはずだよ。

その後の記述もひどい。
言い訳にも程があり、上のように感じた読者が出たときに備えて同情を買おうという意図さえ感じる。

『店長には言わなかったが、もっと書くと実はそのワインはその子の亡くなったご主人の散骨旅行のおみやげでもあった。人にはいろいろな事情があるものだ。』

言わなきゃわかりません。
たぶんバイトの女の子にも言ってないぞこれ。

よしんばこれを口にしたとしても、「散骨旅行のお土産」がどれほど特別なのか、黒ウサギには理解ができません。

「おみやげ」なんでしょ?

ご主人が作ったわけでもなく
(想像したくないが)ご主人の『成分』が含まれているわけでもなく
ばなな女史らが経験として共有していない「散骨旅行」の際に購入した、店に並んでいる「おみやげ」
なんでしょ?

「散骨旅行」だから特別なのか?
「おみやげ」だから特別なのか?
「散骨旅行のおみやげ」だから特別なのか?
はたまた
「日本からいなくなる」から特別なのか?


店に持ち込んで飲む必要があるほどの特別性を、ばなな女史はどこに感じ取ったというのだろうか?

少なくとも黒ウサギとしては「酔った勢いで『飲んじゃおうZE☆』ということになった」程度の印象しか受けません。



この訴えに対する店長の反応も至極もっともだ。

『しかし、店長は言った。ばかみたいにまじめな顔でだ。
「こういうことを一度許してしまいますと、きりがなくなるのです」』


この店は大規模チェーンだ。小さな店と比べ、一日に出入りする客の数は桁違いである。
もし持ち込みを許し、それが口コミで広がった場合、客は増えるが売り上げが思ったほど伸びないという結果も考えられる。

そしてこれも社会経験をある程度つんだ人間・・・おそらくはバイトの学生さえ知っている『一般常識』だが、この手のチェーンの店長は『雇われ店長』であり、主な仕事は『他の店員と同レベルの日常業務+マネジメント業』。経営を考えることは許されていない。

さらに言えば、下手に本部の意向に逆らえばあっさりと降格、下手をすれば首を切られるのだ。
『仕事が増え、給料が少し増え、だが権限は変わらない』
これが雇われ店長というものである。


最近の例としては「社のイメージを損なう発言をした」としてセブンイレブンとのフランチャイズ契約を解除されたケースがあるが、ああいったことが以前から普通に行われているのが、飲食だけではない、販売系チェーンの業界なのである。


前回「この店は大規模チェーン」と定義しているので、その流れで進めるが、この店長は『雇われ店長』である以上、本部が持ち込み物の飲食を禁止していればそれを禁止しなければならない。
うっかり許し、それが口コミで広がり、責任を取らされることになったとしても、目の前の客は何の保障もしてくれないのだ。
自分の生活は自分で守らなければならない。

それが、店長の返事として現れている。

ばなな女史は『ばかみたいにまじめな顔でだ。』などといっているが、『ばか』なのはどちらなのか?

自らの職務に忠実に、そして与えられた権限の中から自らの回答を選択している店長を、『ばかみたいに~』などという資格が、果たして彼女にあるのだろうか?

「もしそれであなたがクビになるのなら、私が仕事を世話してあげるから、飲ませてくれませんか?」

大規模飲食チェーンの店長である彼の背景を理解できれば、出てくる言葉はこうなるはずだ。

ばなな女史はそこらにいる「ずっと家の中がテリトリーだった」主婦と、大差ないレベルでしか社会を理解していない、ということである。

大げさに言えば、この程度のことは今では書籍でも映像でもネットでも手に入る。物書きであれば『当然』そういった情報収集は怠らないだろうし、取材と称していろいろな場所に出入りしているのだろう。

にもかかわらず、この程度の浅い見識しかないところが、バブル全盛期の作家なんだな、と感じた。



そしてそれは、その後の言葉ではっきりと黒ウサギの心に刻まれた。

『いったい何のきりなのかよくわからないが、店の人がそこまで大ごとと感じるならまあしかたない、とみな怒るでもなくお会計をして店を出た。そして道ばたで楽しく回し飲みをしてしゃべった。』

これは書いていて恥ずかしくないのかなとさえ思う。。
自らの見識のなさ、現代における一般常識の欠如をこれほどはっきりと言明するとは。
バカの壁だバカの壁

『いったい何のきりなのかよくわからない』については、もう上で述べている。
この程度のことも想像できないからこその「特別な酒なんです」、「お金は払いますから」発言だったのだなと理解はできた。あれ、マジだったんだな・・・。

『そして道ばたで楽しく回し飲みをしてしゃべった。』

舞台設定は東京だ。しかも、エッセイの後半では『土曜日の夜中の一時に客がゼロ、という状況はけっこう深刻』と語っているということは、ある程度人口が集中しやすい都市部なのだろう。

そんなエリアで路上で回し飲みする七人。しかものみながら『楽しく』しゃべっているわけだ。

往来の邪魔だよ!

そんなの人の少ないところへ行ってやるか、自分の家でやるか、近くの『友達の店』とやらでやればいい話であり、なぜ路上でやることになったのかがわからない。

ちなみに『持ち歩いていたワイン』ということは、相当揺らされていた上に温度管理もずさんなはずだ。せっかくのお土産なのに、そんな飲みかたされるとは・・・。
どう考えてもただの酔っ払いですありがとうございました。



仮に『往来でワインあけて飲む』という行為が問題ないほど人の行き来がなかったとしよう。

とすると今度は彼女がエッセイの後半で語る『土曜日の夜中の一時に客がゼロ、という状況はけっこう深刻』に説得力がなくなる。
それほどに人がいないのであれば、そりゃ飲み屋だってスカスカだろうさ。

まぁ、このあたりはその件が出たところで書いていこう。この節の趣旨から外れるのでね。



ちょっと先へ進みすぎた感はあるが、ばなな女史側から見た、女史側・店長側の主張をそれぞれ見てみた。

極力客観的に見たつもりだけど、相当恣意的な表現を用いて『店長が悪』という印象を持たせたかった様に感じたため、気持ち店長よりかもしれない。
黒ウサギ自身接客業の経験もあるし。

その辺はご容赦を。


お互いの立場というものもあるのだが、ざっくり言うと、

・ばなな女史は『客』ということを利用して我侭を通そうとしている。
・店長は「雇われ店長」であることを自覚しており、その範囲内で職務を全うしようとしている。


言い換えれば『甘え』VS『真面目』であろうか。


『甘え』を許可してそれが氾濫し、かえってルールが厳しくなることが起こる昨今。

一定レベルのサービスを確実に提供する大規模飲食チェーンではブレを嫌う傾向があるため、結果『甘え』を極力排除し、すべての客にひいきのないサービスを提供することになる。
(だからこそ『平等で、当たり障りない』大規模飲食チェーンが庶民に受け入れられた、とも言える)
そんな店の店長であるという前提であれば、この店長の反応は至極まっとうだ。

それだけに「すべての飲食店が『自分の基準』に合致しているレベルのサービスをしているはず」という前提で話を進めている節のあるばなな女史のほうに、『非常識』(いや、世間知らずか?)という印象がぬぐえない。


ちなみにこんなやり取りがされているYahoo知恵袋のエントリを発見。

■居酒屋での持ち込み料金の設定について質問したいです!(Yahoo知恵袋)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1424575929

個人経営だって持込は困るという感覚があるという一例だ。

もともと客の総数が大規模チェーンと比べると少ないため、断って悪いうわさが広がると、売り上げに直結するから受け取っているだけであるというケースもあるわけだ。

店が客の『甘え』を受け入れる代わりに、客は店に通い続けて店を存続させる。
それを当然で、飲食店のあるべき姿と絶対視しているのがばなな女史なのだろう。
「お客様は神様です」という言葉を誤って理解しているいい見本のようなものだ。物書きなのにね。

女史の考えの根底ついては、もう少し読み進めていくと女史の発言の本当の意味と共にはっきりするのだが、それはまた次の機会に。


女史以上にぐだぐだな話に付き合ってくれてどうもありがとう。

そんじゃね~ ノシ
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  1. 2009/08/18(火) 21:55:10|
  2. 日々の出来事
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:6
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コメント

初めまして。
私は居酒屋ばなな祭りを、「新自由主義(ばななさん支持派)と、それ以外の何か(店長擁護派)の対立ではないか?」と捉えました。
ネット上の各所における今回の議論では、マニュアルによる労働者の束縛・抑圧が一つの問題になっていますが、その問題は大規模チェーン展開の企業と関係が深いです。そして、その類の企業の台頭を招いたのは、新自由主義的政策にあると思います。
今回衆目に触れた件のばななさんの文には、小泉氏や竹中氏その他の新自由主義者の主張に類似・親和する部分が多々見出されます。ルールや常識による束縛・規制及び役所的仕事への敵対視、それらからの解放を賞賛、努力による自己救済や競争社会への肯定意識、アウトソーシング肯定論等々です。つまり、ばななさん自身が、マニュアルによって労働者が束縛・抑圧されるような社会を産み出す、意図せざる共犯者となっているのではないでしょうか。なのに彼女は、それに気づかず、己の意見が店長氏への助けとなるとして疑わない。
私個人は、ばななさんの無自覚さに苛立ち、彼女の味方に付きたくないという気持ちを抱きました。
  1. 2009/08/21(金) 18:00:34 |
  2. URL |
  3. RAS #-
  4. [ 編集]

RASさんへ

RASさん。

このようなぬるい見識のブログにしっかりとしたコメントをありがとうございます。
第2回目へのコメントのようですので、よろしければ第3回~第5回もご覧ください。

コメントを拝見して新自由主義について確認させていただきました(すみません。無学なのでイメージできるけれど詳細分からずという状態です)。
『競争志向の合理的経済人の人間像、これらを正統化するための市場原理主義からなる、資本主義経済体制』・・・という認識で良いのかな?確かに小泉氏、竹中氏の主張はこれになりますね。

ばなな女史のこのエッセイの内容はRASさんのご指摘の通りです。
『ルールに縛られるなんてナンセンス!もっと柔軟にやりなさいな役所じゃあるまいし(←役所蔑視・敵対氏の傾向あり)』
これに肉付けをしている感じですね。ちょっとはなれたところに『私は有名人なのよ!』という選民思想も感じますが。

非常に参考になりました。

黒ウサギはご覧になって分かるように、

「どうしてこういう常識外れの事、誰かが顔をしかめるようなことを平然とするのか?」
「しかもそれを正当化しようとする描き方が随所に見られて気持ち悪い」
「こういう選民思想&ルールは破るためにあるみたいな人間がいるから、日本の接客業はつらい目にあうことばかりなんだ」
「ろくに調べもせず感情を起点として適当なことを書いて他人を貶すばなな女史も、それを発行する出版社も、読んで納得する読者もみんなちょっと善悪のポイントがおかしくないか?」
「三十四歳の『男の子』とかヤメテwキモイw」

という、最も表層の部分にばかり目が行ってばなな女史否定派になっています。かなり近視眼的。

それだけにRASさんのコメントは目からうろこでしたね。もっとそういった主義についても勉強しないと。


最後に、黒ウサギはマニュアルは従業員を守る盾であり、対応の不公平感を解消する武器だと思っています。

変な意味での横並びを好む傾向にある今の日本人にとって、マニュアルは一種の行動指針であり、束縛や抑圧(○○してあげたいけど、マニュアルで禁止されているし・・・など)は発生しますが、その判断によって生じる責任からは開放されます。
これにはさまざまな異論があると思いますが、接客業をしていた(今も似たようなことをしている)黒ウサギにとっては、マニュアルは毒でもあり薬でもある様に見えます。

『みんなが幸せに』はいい言葉ですが、この世のどこに言ってもそんな世界はありませんし、『助け合いの精神』もいいですが、今の日本人は助けられる側になると途端に堕落します。
(極端ですが、最近マスコミが報じる生活保護受給者の話は、反吐が出るほどむかつきます)

自分で爪を研ぎ続ける人間はそれでもいいです。むしろもっと研いでくれと。
でも、爪や牙の抜けた人間には、マニュアルという仮初の『爪』『牙』を与えなければこの時代は生きていけないことも多々あります。

1970年代ぐらいまではマニュアルなんか必要なかったでしょう。
商店は個人経営が主でしたし、スーパーなどもそれほど従業員はいなかった。百貨店はさすがにその頃からマニュアルがありましたが。
ですが、今はチェーン経営をする企業が多くなり、店舗、広く広域に展開して目が届きにくくなります。
それを解消し、顧客に『納得できる』サービスを提供するために用意されたもの、それがマニュアル・・・。なんですけどね。

マニュアル反対とするバナナ女史の主張は、それはそれでいいでしょう。
でも、それが実現したときに、ここまで膨れ上がった接客業界にどのような混乱が起こるのか、そして顧客にどのような形で跳ね返ってくるのかを全く考えていない。
そのうえ彼女は声の大きい人間ですから、賛同する人間もこんな個人ブログのものとは比較にもならない。

黒ウサギを初め彼女のブログを批判する人間のうちの何割かは、ひょっとするとそのことを危惧しているのかもしれないですね。


・・・長文の上になんだか話がフラフラいったりきたりの文章になってしまいました。申し訳ない。


こういった社会派(なのか?)エントリは滅多にないですが、今後も何かありましたらコメントよろしくです!

( ・ω・)ノシ






  1. 2009/08/21(金) 19:14:37 |
  2. URL |
  3. Krousagi #-
  4. [ 編集]

甘えと真面目

黒ウサギさんはじめまして、こんにちは。

私も「ばなな居酒屋問題」の本質は日本人誰もが持っている「甘え」と「クソ真面目」だと感じて記事を書きました。トラックバックを送りましたのでよろしければお読みください。
この事件(?)は『甘え』VS『真面目』の構図で見るのがいちばん単純明快だと思うのですが、それを論じたブログが少ないのはちょっと不思議です。
  1. 2009/08/21(金) 19:48:22 |
  2. URL |
  3. 玄倉川 #-
  4. [ 編集]

Re: 甘えと真面目

玄倉川さん、コメントありがとうございました。
私のこんな目の痛くなるようなブログに目を通していただいて申し訳ないやらありがたいやらですw
(興奮して色付けまくるの、いい加減やめないと・・・)

あわせてトラックバックも拝見しました。
引用を含め非常に分かりやすく、私がグダグダと書き連ねて話していることがスマートにまとまっており、いや、なんと言うか、恥ずかしいですw


私もいろいろな方の論(批判・擁護とも)を見てからこのエントリを書きはじめましたが、確かに『甘え』VS『真面目』の構図は見た記憶がないですね。
皆さん得意とする分野があり、その角度から切り込むケースが特に多かったかなと思います。

これは想像ですが『甘え』VS『真面目』だけじゃ面白くないからもう一ひねり・・・という人が大多数だったのではないでしょうか?

ばなな女史が『甘え』ているという見方は大概の方がするでしょうし、店長の頑なさを『真面目』と取るケースもそれなりにあるかと思います。

が、悲しいかなブログの世界も飽和状態。
エントリを見てもらうためにネタにひとひねり加えたい・・・という方が多いような印象を受けます。


私は接客業をしていた経験があり、その頃から毎日のように顧客に『甘え』を突きつけられていましたので、この見立てが真っ先に出ました。
(おかげで、他の見方が出てこなかったというw)
「結局思想や出自は関係なく、甘えを許す環境があれば甘えは出るのだな」とエッセイに目を通してがっかりしたものです。


顧客の甘えを店側が受け入れることは悪いことではないと思います。
何かオマケがあったり、少しもてなしてもらったりすると「またこようかな」と思うのは人情ですし。

でも、それを『当たり前』のものとしてしまうと途端におかしくなってしまう。
店側の『好意』でなされていたことが、競合他社に勝つためのものとして『当然』のように広めた企業側にも責任はあります。
が、ばなな女史のような、一応『識者』の部類に入る人間が、それに平然の乗っかる姿は正直醜い。

生活保護の母子加算廃止反対のテレビニュースなどで、ワーキングプアのかたがたよりも遥かに文化的で余裕のある生活をしているように見える『受給者』が「生活できません」とか口走る姿を見ることがあります。
アレなどが甘えの最たるもの・・・と黒ウサギは考えています。ばなな女史のそれはそこまで酷くはないものの、著名な作家として人に影響を与える立場にいるにもかかわらず、倫理的に「さもしい」真似をしている。
そこをたたかれているんでしょうね。「甘えてるんじゃねぇよ」って。


『甘え』は悪ではないと思います。

かわいいおにゃのこに甘えられればヘブン状態になりますし、自分を頼ってくる後輩にはついつい仕事を楽にする秘訣や、新しい人脈をプレゼントしたくなっちゃいます。
うまく甘えれば人間関係が円滑になったりしますしね。

ですが、甘えられる側に相応の『余裕』がなければ、その甘えを許すことが出来ません。


ばなな女史の言っている『いいときの日本』はおそらくバブル期でしょう。
経済的に潤っており(そう見えただけですが)、人の心にも余裕がありました。

いまはバブル崩壊から続く経済の後退により、そんな余裕をかますことが出来ない時代です。
これは飲食業に限りません。最近の派遣切りなども結局は企業としての体力が限界で、余裕をかませなくなったということですから。

そんな時代の変化を感じ取れず(あるいは無視して)、余裕のあった頃の対応をしろと迫った上に、断られれば「昔はよかった」という。
『甘え』と共に「みんなもそう思わない?思うでしょう?」と暗に同意を求める雰囲気を作り出す筆運び。

エッセイを読みながら女史の『甘え』に嫌悪を覚え、『甘え』を許せなかったのは『計算された甘え』だったからなのかもしれません。

・ばなな女史の『甘え』VS雇われ店長の『真面目』

の裏に実は、

・ばなな女史の『計算された甘え』VS読者の『余裕のない現代ゆえの閉塞感からくる、「生きるための」真面目』

という対立軸が生まれた。だからこれほどの批判的反応が起きている・・・と。
女史に同意する人は、計算された甘えを許容できるほどの余裕のある方か、日常的に同じような甘えを実践している人・・・ではないかな。


長くなりましたね。すみません。脱線しまくってましたね。そろそろまとめましょう。

上のほうでも書きましたが、いろいろな人がいろいろな角度から書いていますが、多分それらは全て『甘え』VS『真面目』に帰結するのだと思います。
ただ、その上にいろいろな論理という装甲を乗せているだけなんじゃないかなぁ・・・と、そう考えています。

そしてもうひとつ。このエッセイの件を『ばなな女史VS店長』と見ている人と『ばなな女史VS自分』と見ている人、さらに言うと『わがままを言う甘えた人種VS『みなの平等のために自他を律したい人間』と見ている人がおり、これらが入り混じることにより、余計複雑な感じになっています。


玄倉川さんのおっしゃるとおり、これは単純な話のはずなんです。
でも、単純だからこそ、いろいろなものを加えられる『余裕』を与えてくれるのかもしれませんね。

・・・結局まとまらなかった気がしますwこういう話はあまりしないもので。精進します。
コメントいただき、どうもありがとうございました。
  1. 2009/08/21(金) 22:40:20 |
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  3. Krousagi #-
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ご返答ありがとうございます

丁寧なご返答をありがとうございます。
続きのエントリも拝読しましたが、ばななさんの記述のおかしな点、裏に潜む可能性のある思考様式が解りやすく論理的に指摘・検証されてあり、大変勉強になりました。論理ミステリを読んでいる時のように楽しくもありました。
真面目の価値、他者、想像・共感能力、本物の情など、いくつか思うところがまだありますが、まだ上手くまとめられません。また後日コメントすることがあるかもしれませんが、その時は御容赦下さい。
それにしても、ばななさんの文章能力の酷さ、説得力のなさを指摘する方を、黒ウサギ様以外にあまり見つけられなかったのは、私個人の検索能力の問題か、周知の事実だから誰も今更わざわざ言及しないだけなのか、気になります。人脈がありそうな客を、「人脈がある」と書いて表現するなんて、プロとしてどうなんでしょう。
  1. 2009/08/21(金) 23:07:43 |
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  3. RAS #-
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甘えの品格

黒ウサギさん、丁寧なお返事ありがとうございます。

私もばなな氏の甘え自体を批判する気にはなれません。私自身が甘えたがりというか虫が良くて小ずるい性格ですから。いつも「どうすれば融通を利かせてもらえるか、うまく甘えられるか」考えているような人間です(ちょっと大げさ)。かといって間違っても甘え上手じゃないのですが。むしろ無駄に人を怒らせてしまうほうです(ダメじゃん)。

世の中には甘えのうまい人と下手な人がいます。本当に甘え方のうまい人は憎まれません。むしろ粋だとかかわいいとかほめられます。そういう人たちから学べることは多いのですが、残念ながらばなな氏のエッセイは悪い見本、反面教師にしかなりません。甘えをゴリ押ししたあげく真面目な人をおとしめるなんてのは野暮のきわみです。
ばなな氏は若いうちからもてはやされて甘えの技術を学ぶ機会がなかったのでしょうか。私などから見れば、自分に好意的な大物とたくさん接することができて甘えの技術と品格を磨けたような気がするのですが、惜しいことです。
  1. 2009/08/22(土) 02:10:22 |
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  3. 玄倉川 #-
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