黒ウサギのつぶやき

日常生活の中でふと思いついたことなどを中心に、できるだけ新鮮なうちに書き込んでいきます。 とはいえ、結構怠け者なので、かなーり間が開くかもです。

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【平等?】逆差別気味な鳥取県【本気?】

なんか今日のカウントがいきなり跳ね上がってるんだけど、つよきす2学期ドラマCDにこの時期に食いついたのかな?はて・・・。

ま、それはおいておいて、またニュースから。旬は過ぎているけどね。

■鳥取県の“平等”教育 「学級委員長は差別」「かけっこの順位は差別」「学芸会の主役は差別」(痛いニュース)
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1215542.html
※元ニュースはAsahi.com(http://www.asahi.com/edu/news/TKY200902080102.html

以下記事抜粋

「リーダーを選ぶのではなく平等を重視すべきだ」との考えが教員にあり、徒競走でも順位を決めないほどだったが、この春、鳥取市の1校で約20年ぶりに学級委員長が生まれることになった。「横並びでは子どもの主体性が無くなる」という鳥取市教委は、各校に「委員長復活」を推奨している。学級委員長を置かない学校は全国的にも少なくないが、今回の動きはどんな影響を与えるか――。

鳥取県内の19市町村の教育委員会によると、いずれの自治体も全校調査はしていないものの、クラスを代表する学級委員長はいないという。その代わり、図書委員、保健委員といった係と同格で、学級会などでクラスの意見をまとめる「運営委員」を置いている学校が多い。

鳥取市教委学校教育課によると、同市内の小学校で学級委員長が姿を消したのは20年ほど前。当時、「他の児童を差別することにつながる」という意識が全市に広がったようだという。

鳥取県では、広い範囲で教員が集まって指導方法を検討する「研究会」が盛んに開かれている。その中で学級委員長を置かない取り組みが「先進事例」として紹介され、広がった可能性があるという。

県内の学校現場の「平等主義」は他にも例があった。運動会の徒競走で、児童の能力にあわせてコース内に「近道」を作ってゴール付近で接戦になるように調整する。学芸会で、一つの劇の主役を複数の児童が途中で交代して演じる――。「うまくできない児童の気持ちを最優先に考えるような時期があった」(同市教委)という。

同市教委は昨年度、児童・生徒と保護者に「学級集団と人権教育」をテーマにした調査を実施。その結果、鳥取大学の一盛真(いちもりまこと)准教授(人権教育)は「身近な人間関係に立ち向かえず、仲間と問題を解決する経験が欠如している」と結論づけた。



原文はもうちょっといろいろ書いてあるので、ぜひasahi.comの記事にも目を通してほしいのだが、いくらド左新聞社である朝日新聞でもフォローしきれないんだなと思った。

何より、この記事を見て黒ウサギは軽い吐き気を覚えたよ。ナニコレ?こんなのが教育としてまかり通っているわけ?
記事の内容だけから判断すると小学校だけのようだけれど、もう二十年ほどの間学級委員の存在がない上に以上とも言える『ビョウドウ』主義の徹底・・・。

二十年ものあいだ誰も異を唱えなかったんだろうか?

これを普通と考えた教育者が何を考えていたのかはどうにもわからない。
人間は生活していくうえで様々な問題にぶつかるわけだが、それを対処するためにはある程度の事前経験が必要だ。自分でそれが出来ない場合には他者に頼まなければならないこともあるだろう。
その時点で人と人との間には「教える」と「教わる」という関係が生まれるわけだ。

その傾向は年を重ねるにしたがって強くなる。「差別」なんていってるやつはどんどん今の社会では弱い立場に追いやられてしまう。よほどの奇跡でも起きなければ逆転など出来ないだろう。

鳥取県で初等教育を受けた子供達は『黒ウサギの主観からいえば』不幸だ。
社会にでてから必要になるであろう経験を他県の子供達よりも遅く体験することになるのだから。

もはやこれは社会主義ですらない。アナーキズムの極致。狂っているともいえるかもしれない。

運動会の例もそうだが、「うまく出来ない児童の気持ちを・・・」なんていっていたら、学校では授業すら出来ないだろう。
勉強が出来ない子供のためにテストや成績表も廃止するか?
友達と遊ぶことが苦手な子供のために休み時間をなくすか?
苦手な食材のある子供のために給食を中止にするか?


結局はモンペ(モンスターペアレンツ。学校に常識では考えられない角度から難癖をつけてくる頭のねじが緩んでいる親の事)の抗議に対して毅然と対応できなかっただけだろ?

勉強は得意だが運動が苦手な子供
運動は得意だが勉強は苦手な子供
どっちも駄目な子供
どっちも出来る子供
勉強とかはダメだけど、やたら人気のある子
異性にモテまくりな子
面倒見のいい子
どういう育ち方をしたのかキチガイとしか言いようのない子
完璧超人
etc...


子供というものは基本こういった差はあるわけだ。そして、それぞれの特徴を生かして輝ける瞬間がある。
鳥取の初等教育はその場を奪うとともに、出来ない子供達が奮起する機会さえ奪い、出来ない自分を認識して折り合いをつけるための訓練すらさせないという、実際には子供の事を考えていないものだ。

ちなみに学級委員の選出や運動会の順位、テストの点数なんかはどう考えても「差別」ではないだろう。
また、「男女差別」とかいって出席簿上で男女を混在させたりかけっこを一緒には知らせるのもおかしい。
「区別」と「差別」がわかっていない大人が多いということだろうか。

非常にわかりやすい表現があったので引っ張ってみた。
出来ない子がいた場合の対策は、通常ならこんな感じだろうか?

勉強なら解法だけでなく勉強をする習慣をつける。
運動ならただやらせるだけでなく、フォームやコツを踏まえて指導。
各々何か1つは得意になるように指導する。


これが鳥取県はこんな感じなのだね?

指導する実力も自信もやる気も無いが達成感は欲しいので
出来ない子を無理矢理押し上げる形で平等にする。
社会に出ると速攻でつぶれてしまう何も出来ない子が育つが、
そんなことは知ったことではない。


まじめにやる奴はバカを見るということを教え込むだけのようにしか見えんのだが。

『惨め』という感情を処理するには、子供のころに相応の訓練をしておく必要がある。
ようやくよい方向に向かい始めた鳥取県だが、正直こんなのは氷山の一角で、やはり鳥取で育った人間は現在の社会には適応できなさそうな人間が多いのではないか?
・・・なんていう印象をうけたよ。さすがに考えすぎだとは思うけど・・・。


初等教育における教師は子供の将来の基礎を築く大切なポジション。
「子供達が十年後社会に適応できる人間になれるか」ということを主眼に教育を行ってほしいものだ。



と、久々にまじめにまとめてみた。
そんじゃね~










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